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nori

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    カシミアの原毛を紡いでみる


     「家にいるカシミアの毛で、毛糸を作って欲しい」とじゅじゅの友人の
    お母さんに頼まれた。彼女とはもう4年は顔見知りだったけれど、いつも
    話題は子どものこと。ひょんな事から、彼女はカシミアを飼っていて、私
    は糸を紡ぐということをお互いに知ったことから、話はとんとん拍子に進
    んだ。そのカシミアくん14歳で、年に一回シアリング(毛刈り)したもの
    を今までずっと貯めていたという。カシミアはヤギだったなんてほんの数
    年前まで知らなかった私でさえ、カシミアといえば高級品のイメージはあ
    って原毛を手にするのを心待ちにしていた。
     どっさりと幾つもの袋を持ってきてくれた時には、大感激だった。が、
    10年近くも屋外の倉庫の奥深くに放置されていた毛がどういう状態になる
    か、彼女は想像もしていなかったに違いない。いくつもいくつもの袋を広
    げては、その中から紡ぐことができる長さのものを選別していく。10袋以
    上あった原毛の70%は処分しなければならなかった。
     そこで、羊とかアルパカならその毛をブラシして紡ぎ始めるのだが、カ
    シミアはそうはいかない。フワフワな毛に、ガードヘヤーと呼ばれるごわ
    ごわの太い毛が混ざっていて、これを完璧に取り除かなくてはいけない。
    ピンセットで一本一本取り除いていくこの作業、気の遠くなるほどの時間
    がかかった。これは口で説明しても、実際にやってみないとその苦労が分
    からないようで、なるほどカシミアが高級と言われるのは勿論毛質もある
    だろうけれど、この手間賃なんだなと、変に納得してしまった。
     最終的に糸になったものはほんの150g足らず。もっともっと時間をか
    けて選別作業をすればもう30gくらいは増えたかなとも思うが、さすがに
    まいりました。でもこのカシミア、今年のカントリーショウのコンテスト
    で2回1位を取っているので、努力は認められたかな。

    私のこと | 20:01:43| Trackback(0)| Comments(0)
    カントリー・ショウに出展


     日本の春を満喫して家に帰ってきたら、いつの間にかクイーンズランドは
    冬に突入していた。冬とは言っても昼間は半袖で、朝晩はセーターがないと
    寒い、という程だから日本の秋みたいなものでしょうか。
     冬の間の三ヶ月間は一年のうちで私にとって待ちに待った時期でもある。
    というのは、この五月を皮切りに、クイーンズランドの各地でカントリー・
    ショウが開催されるからだ。ショウフリークの私は、家から半径100km以
    内のショウにはほとんど出向く。去年はこの時期に二ヶ月間も旅に出ていた
    ため、他州のショウを数ヶ所回ったほどだ。
     このカントリー・ショウは、いわゆる農業際で各種家畜、鳥類、農作物、
    生花、ケーキ、クッキーやジャムなど食料品、各種クラフトのコンテストが
    行われ、出展物を間近で見ることが出来る。このほか、カウボーイの力自慢
    コンテストや、オフロードバイクのワザを競ったり、デコレーションしたユ
    ートのコンテスト、子供たちのためには、仮設遊園地やゲーム類なども設置
    され、家族で一日楽しむことが出来るようになっている。
     数年前にアルパカを飼い始めてから、アルパカや毛(アルパカ、羊毛やモ
    ヘヤ)のコンテストが面白くてショウ熱がグンと上がり、そのアルパカで紡
    いだ糸や編んだ作品を出展するようになってからは、ショウに合わせて一年
    計画で作品作りをするようになった。
     今年の作品は、ブラック・アルパカとグリーン系とオレンジ系で染めた羊毛
    をミックスさせた糸を紡いで、編んだカーディガン、ブラック・アルパカのマ
    フラー。糸は、ブラック・アルパカと一昨年マーガレットリバーで手に入れた
    メリノ(羊毛)で合計4点。
     先週末に行われた今年初のマーバーグ・ショウで、結果はカーディガンが
    特賞のリボンと1位、メリノの糸が1位、マフラーが2位、アルパカの糸が
    残念賞とまずまずの出来だった。今月末の次のショウまでにモヘヤのポンチョ
    を仕上げて、まだ後数ヶ月あるからもう一つ何か編もうかなどと、今はショウ
    のことで頭がいっぱいだ。

    私のこと | 20:47:59| Trackback(0)| Comments(0)
    移住計画のすすめ


     私が始めてオーストラリアに訪れたのは、今から20年以上前になる。
    まだワーホリ制度の認知度も低く、日本人に出会う頻度も少なかった。ろくに
    英語もできないのに、無謀にもバッカーとして2ヶ月ほど旅をしたのが始まりだ
    った。それ以来、日本でお金を貯めては、オーストラリアの旅で使う、という
    ことを繰り返し、日本とオーストラリアでの二重生活を続けてきた。
     いつかはオーストラリアに住みたい。という夢が現実になって、実際に生活を
    初めて、自分の選択は間違っていなかったと確信している。もちろん今でも日本
    が好きだし、時々は帰りたいと思ったりもする。「あなた早くオーストラリア国
    籍を取りなさい」と周りの人たちに勧められるが、「私は日本人でオーストラリ
    ア人にはなれない」と答えている。でもたぶんもう、日本に住むことはないと
    思う。
     それほど私を引き付けたものは何なんだろうと考える。
    たぶんシティに住んでいたらそれほど感じないかもしれないけれど、空間の広さ。
    空の広さ。雑音のない世界。木々や風、太陽の香り。
     アウトバックをよく旅するのだが、どこまでも続く赤い大地。地平線。今にも
    吸い込まれそうになる星空。生きていることの幸せを感じる一瞬。
     そいういった目に見えない贅沢が出来ることが、一番の喜びだと思う。
     去年私が取材をした「オーストラリア、ニュージーランド移住計画」(学研)
    が最近手元に届いた。実際に住んでいても知らないこと、日本人としてこの国に
    住むために必要な知識など、普段は気にしていないことが多くあることに気が
    つかされた。そして移住することの難しさも。
     移住することが誰にでも向いているとは思わないし、誰でもがオーストラリア
    が好きだとは限らない。ただひとつ言える事は、長く居れば居るほど、いいとこ
    ろだと感じるようになるし、もう少し長く居たいなと思うようになる。時間刻み
    の旅では感じられないオーストラリアの良さを見つけに、今までより少し長く
    滞在してみてはどうだろう。

    私のこと | 21:11:38| Trackback(0)| Comments(0)
    長い一日


     今日一日の走行距離、320km。さすがの私もかなりお疲れモード。
    320km走っていったどこへ行ったのだろうと思うだろけど、家からブリスベンの
    北部、ゴールドコースト、ブリスベンそして家へという行程で、さして遠くへ行っ
    たわけではない。逆に言うとブリスベンって広いんだということになる。
     去年までは、じゅじゅをお稽古事やプレイグループへ連れて行ったり、もろもろ
    の雑用をしたりするので、一週間のうち4往復することは珍しくなかった。信号なし
    で、家から100km、110kmで飛ばして、1時間近く。私達は日常のように行き来してい
    るが、ブリスベンから来る人たちにとっては、「一日がかりのピクニック気分の距
    離」らしい。
     今年から、じゅじゅが一年生に上がったこともあり、なるべくブリスベンまで出る
    ことは最小限にしようと決心したばかりの矢先。急な仕事が入って、先週フィルムを
    買いにブリスベンまで出かけた。どうせ行くのだからと、めいっぱいスケジュールを
    入れて、じゅじゅのお迎えの時間ぎりぎりにようやく家へたどり着いた。その時もか
    なり走ったけれど、今日はそれをかなり越していた。
     そして今日、撮影当日。ブリスベンの北部に7時半までにたどり着くために、家を
    5時半に出た。そこで1時間半ほどヘリコプターに乗って撮影し、今日はこれでお開き
    かと思ったら、ついでだからゴールドコーストも行こうということになり、1時間半の
    移動。ゴールドコーストでも1時間のヘリ撮影。終わった頃には、乗り物疲れで、頭
    がぐるぐる回っていた。
     いいかげん疲れたので、家に帰って寝たいところだったけれど、フィルムを現像所
    に放り込まなくてはいけなくて、またまたブリスベンまで逆戻り。東京にいた頃は、
    フィルムは24時間いつでもポストに入れられたし、ピックアップも夜9時まではできた。
    ここでは現像所は5時で閉店、もちろん週末は休業。夜間ポストなるものもない。仕事
    をする上でそれだけが本当に不便だ。結局、今日中には現像が上がらないので、週明
    け2時間かけてまたまたブリスベンまで往復しなければならない。
     私が仕事をしている時には、トムがじゅじゅの面倒を引き受ける。じゅじゅは朝か
    らはりきって、お弁当作りを手伝い、ダディが学校に来てくれるのが嬉しくて、先生
    にダディを紹介したり、自分の机を見せたり、おお張り切りだったそうだ。あまりの
    嬉しさに一日中ハイな状態が続いていたようで、夜はその反動で早めに寝てしまった。
    マミー任せばかりじゃなくって、ダディもたまにはお手伝いするといいよね。

    私のこと | 20:04:09| Trackback(0)| Comments(0)
    2006年元旦


     オーストラリアに住んで一つだけどうしても気に入らないことがある。
    それは、お正月の習慣がないこと。
     ものごごろついた子どもの頃から、毎年お正月は一年で5本の指に入る大イベント
    だった。伸し餅や鏡餅がお米屋さんから届けられると、お正月の準備が始まる。年賀
    状書き、大掃除、食料の買出し、お飾りを部屋に飾って。大晦日は「紅白」を観なが
    ら年越しそばを食べて、「ゆく年くる年」を観て、除夜の鐘を聞き、時には初日の出
    を拝みに行くこともあり。初詣は欠かさず。お正月前に盗み飲みした、おとその味。
    親戚中が集まってのお祝いの宴。
     すべてが習慣として身体にしみこんでいる。オーストラリアへ住む前に2回だけ海外
    で年を越したことがあった。カウントダウンのパーティーに参加してドンチャン騒ぎを
    したにも関わらず、その時も消化不良の年末年始だった。
     ここ数年はクリスマス後から数週間の旅に出ていたので、ニューイヤーズイヴもニュ
    ーイヤーズデーも他の普通の日とあまり変わらなく、なんとなく一年が終わり、なんと
    なく新しい年が始まっていた。今年は旅に出ない代わりに、「一年のけじめをきちっと
    つけて、2006年を新たな気持ちで迎えよう」という計画を立ててみた。
     計画は途中までは順調に行っていた。計画だとすべての準備がカウントダウン前に
    終わって、めでたく「ハッピーニューイヤー」という手はずだったのに、トムの飲み
    友達のパーティーに夜の8時から参加させられた。その時点で、すべての計画は終わっ
    たと言ってもいい。カウントダウン直前に無理やり帰宅、もちろん年越しそばは間に
    合わず、眠い目をこすりながらのおせち作りが終わったのは朝の3時。
     当然元旦の朝は早起き出来るはずもなく、ベットから這い出した時には8時をまわ
    っていた。なんてレイジーな元旦。これじゃ、この一年先が思いやられる。あわてて
    料理の準備をしていると、裏庭でボブキャットの騒音が。友達が元旦の朝からダムを
    広げる作業をしに来てくれていて、オージーにとっては元旦は何の意味ももたない日
    なんだと、改めて思い知らされた。
     おせちを食べて、お酒を飲んで新年を祝ったけれど、気温37度のお正月じゃ、やっ
    ぱり気分が出ない。今日だけは日本がものすごく恋しくなってしまった、一日でした。


    私のこと | 23:12:06| Trackback(0)| Comments(0)
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